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MOANIN' / 内田英夫の詩


 もう30年以上昔のことにもなりますが、内田英夫と言う詩人がおりました.16歳から19歳までの間に、ほんの幾編かの詩を残して、二十歳そこそこで自殺してしまいました.彼の死の本当の理由はわかりません.しかし、ほんの短い間でしたが彼に関わった私たちは、言葉とは一体なんであるのか、言葉で語れるものと語り尽くせないもの、言葉では語れない多くのものを閉じ込めた行間の煌き、そんなものの全てに限りない影響を受け、今でも受け続けているように思っています.
 10代の若者の詩です.荒削りな部分も多分にありますが、このまま埋もれさせるのは、ちょっともったいないと、そんな思いで Web に載せました.何かを感じていただければ、彼も嬉しいかもしれません.それとも、゛いまさら、恥ずかしい事をするなよぉ"というのでしょうか・・・

目次





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モーニン

昭和43年6月・西南文芸(38)



追いつめると鳩は過去を吐きながら
倒れるだろう 心に浴びた嘔吐物に
手を汚しながら 私は鳩の非情を分
離し かって与えた愛を求めて 鳩
の口腔を凝視するのだ 鳩は倦怠を
ついばみつつも寂しさを歌い 私は
飛び散る鳩の音階を点検するだろう
 やはり時の流れはゲル化し 周囲
の風景もゆれている 私の視線と鳩
の視線と短い断絶の意識を生じ 突
然私は鳩を射程内に放ち 新しいゲ
ームに移るのだ 未来を夢見ながら
 新しい鳩を追うのだろう





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グループサウンズ・ポップ

見舞の菓子箱に鳩の死を隠し持って
 その日 流れていく胎児のように
 ぼくは死んだ それは優しくもな
く強くもない 視線を放棄する死だ
 言葉に不能であるぼくはあなたを
愛さないだろうとも もう言えやし
ない 〈モーニン〉 と呟きながら
脳葉の距離に沈むだけだ さよなら
と 手をふりかねるぼくに ぼくひ
とりの夜がくる 予測した暗黒のな
かで ライターの炎が光り 消され
てゆく記憶に 乳房や舌が鈍い あ
なただったか だれだったのか 夏
の終わり
墓銘碑に咲くダリアに蟻が枯れて
死んでいる 朝までに露が交情を断
絶するだろう





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明日もバラの季節である

目覚めるとバラの季節である
延ばした手で花の束を握り
掌に血をにじませながら
ぼくは朝の食卓につく

バラの匂いの中に昨夜の夢を夢見る
マネキンはしきりにふるえている
こおるうみのなかでふるえている
ふるえるゆびにぼくもさむい

心に満ちるぼくの歴史 あるいは
扉を出て見る食卓上の花 あるいは
太陽に殉死するだろうぼくの愛なんて

ぼくの朝である

窓まで涙が飛んでゆくだろう
隣の国まで女神の声も聞こえよう
その時なのだ バラの季節は再び





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君の部屋にぼくはいる

昭和42年12月・西南文芸(37)



君の部屋にぼくはいる

君の部屋にぼくがいる
君が死にたいという日 ぼくはシルエットの姿で
君に林檎を齧らせようと試みる 君が死ぬ日はぼくが死ぬ日だ
ぼくたちの世代の内部の背信は君を拒否する 餓死である
無常観はぼくにはナイフのようにくるしいが 君には言葉は不要だ
潰れたぼくの指がぼくたちの一切を放下する
すると君はぼくに対して憎しみをいだく
一齧りの果肉とともに

君の部屋にぼくがいて 別の女が入ってくる
浸透する不安のようにしのび足でぼくたちの事件に介入する
ぼくが女と話していると 君は煙草の煙の色の希望に還る
女の言葉を指に濡らしながら ぼくは無機物でしかないぼくを確認する 君は見ている
と 隔離された未来から君はぼくに愛を告白する しかし歴史は進行する
ドイツ人のように太鼓を雨だれのように打ちながら ぼくは女と遊んでいる
君はぼくを あるいは時を収束させようとするぼくの試練を
憎悪する 身をよじりながら

君の部屋からぼくは出る
出発はいつも逃避だ だから夜
誰れも乗っていない列車の中でぼくは指をパチパチと鳴らす
火のついてないマッチを煙草に押しあてたりする
午前二時 砂浜の駅 口笛が呼んでいる
ぼくは降りて仲間と踊る 蛇のように現在へのめり込んで行く
男であるAとBとCとぼくは 女であるZとYを誘ってテントに入る
ぼくが寝ようという
恒久性は無意味であることを証明しようとするそのとき
君はぼくの非力さを誰れにもしゃべろうとしない
それは愛だ ぼくは君と世代論を文字に記す
砂〈既存の道徳を壊せ〉

君の部屋にぼくがいる
数滴の果汁の結晶もついには腐敗するだろう
君の愛の形態をすかして ぼくは太陽を見たい 銀色の空に
流れる時の中にぼくたちは立ち止まろう 理想はぼくたちを癒さない
言葉に代えてこのままぼくたちは死のう
君の部屋にぼくはいる





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未完の愛の詩集ー懺悔ー

昭和40年12月・詩集 珈琲



冬山より

おまえには好きな人がいるというが
尊敬する人がいるというが

雪の上に
太陽がほしい季節で
肩のリュックも
どうやら凍って
ラッセルしながら
生きることを考えるが

・・・・よ
月末のある日曜日に
古いおまえの手紙を
二つ三つ読んだら
後は退屈して
涙をボロボロ出して
あくびをしたが

どうやらブリザードも終わったようで
雪もしまって固いだろう





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夢のように

雨が降ってきたので
ポチッポチッと葉っぱが泣いたので
手を振りました

筋書き通りにダンプの中へいました
恋の痛手を癒すために
ヒッチ・ハイクの旅へ出たのです

道路が白かったといったって
太平洋の端は丸いに違いなかった

旅っていいものだなと思いました

その日 俺は俺であって しかしまた・・・
(大勢の俺が
会釈しあってます
とりとめもなく会釈してます





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メルヘン

空に自嘲のことばがあったので
鳥はいまさらどうにもならず
地に朽ち果てたとさ

むっちりむっちり
涙が太る





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イスパニアのクレヨン

昭和42年8月・樵歌




イスパニアのクレヨン

イスパニアでイスパニアのクレヨンができた
イスパニアのクレヨンで手紙が来たならば
イスパニアのクレヨンを耳に近づけ たんぽぽのすすり泣きを聞けよ
イスパニアのクレヨンが耳にあたればイスパニアの創造

花火の閃光がイスパニアのクレヨンを溶かせば
イスパニアの国土にイスパニアのクレヨンがねばっこい
イスパニアの大地にゆだる太陽をいだくならば
イスパニアのクレヨンは谷を埋め 流れを止める

イスパニアの夏は再び暑いのだとか
HONDAの単車で古城のアベックをのぞきに行ったのだとか
その翌朝は太陽がちらちら光るのだとか
イスパニアからの手紙にイスパニアのクレヨンで

イスパニアのクレヨンはしかしいつもの言葉の色だ
イスパニアのクレヨンで手紙が来たならば
イスパニアのクレヨンを手折って 笑えよ
イスパニアのクレヨンを持ちて今日は明日の通夜





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